蒼夏の螺旋“水もしたたる?”
 


 日本の六月と言えば、青や緋色のアジサイの瓊花がこぬか雨にいや映える、しとしとと降りしきる“梅雨”の季節というイメージが強い。同じく六月といえばの“衣替え”も、どうせしばらくほどは雨続きで肌寒いのだ、昔の粋人のように暦が替わったんだからと大慌てで夏物に着替えるものでもなし…なんてことを言い訳に、ついついずるずると日延べしがちにしてしまうものだったのだが。

  今年は 何だか様子が変で。

 当初こそ、その降りようと気圧配置からの判断で“梅雨入りしたものと思われます”という発表を気象庁が下したほどの雨が降っていたはずが。一晩ももたなかったのではというほど すぐに上がってしまっての、そこから始まったのが“晴れ時々・猛暑”の六月。確かに湿気は多いし、曇天の日も多い方。とはいえ、もっと多かったのが…まだ六月なのに“真夏日”が各地で観測されたこと。もっぱら日本海側や内陸部、あとは西の方に偏ってこそいたものの、まだまだ早かろうよと構えていた固め、半袖をあわてて引っ張り出したり、エアコンのフィルター掃除が間に合わなかったりしたご家庭も多かったに違いなく。関東の方では、それでも結構な降り方をした日もあったそうなのだけれど。西の各地では“このままじゃあこの夏は水不足か?”というくらい、梅雨らしからぬ猛暑のフライングっぷりが襲い来た六月となっており。

 『季節前倒しは、俺らの専売特許だと思っていたんだが。』

 某商社の営業企画部にてお勤めをこなしておいでの旦那様。様々な企画を組む上で、発想なり段取りなりが、リアルタイムのシーズンを飛び越えてというそれになるのが常套でおいでだが。今からのこの猛暑は何だよと、時折こぼしていたような。雨が降ろうと見越してのお出掛け企画が頓挫しかけたグループもあったらしく。

 『今、若い女性の間でレインブーツってのが流行ってるらしいじゃないか。』
 『うん。昔は“雨靴”なんてダセェって言ってたのにな。』

 持って来ようであっさり“か〜わい〜vv”だもんなと、くすくす笑ってた無邪気な奥方へ、

 『ところが、いくら可愛くたって、
  晴れてて、しかも暑いのに“履こうか”って人はさすがに居ないから。』

 雨の日でも出掛けて来てほしいという方針から、雨靴やレインブーツでお越しの方には割引しますよという催しを企画した部署は、

 『気の早いビーチサンダルでお越しの方…って持ってった方が良かったらしい。』

 この不景気だから、まま来客数は稼げたそうだけど。靴を預かってほしいとか、子供がぐずるとかいう思わぬアクシデントが山ほど押し寄せたらしく。

 “けどまあ、そもそもは七月に入ってからの方が湿っぽかったりしたもんだよな。”

 ガッコの体育の授業が水泳になるの“待ってました♪”と喜んでたら、水温がなかなか上がらなくてのこと、器械体操に変更になったり。夏休み前で授業が“たんしく(短縮)”で、早く帰れるゾロとも遊べると喜んでいたら、昼になるにつれて物凄い雨になって、出掛けちゃいけないと ばあちゃんからよく止められたとか…いう話を、

 “ルフィがよく話してたよな。”

 自分は昔っから、剣道一筋という視野の狭い子供だったので。そういった季節折々の思い出の蓄積も実は少ない。ルフィの住んでたところとそう遠くはない片田舎にいたのだから、行事や何やもきっと色々あったのだろうに、あんまり進んで参加しなかったか詳細までは覚えていない。ただ、あの、ドングリ目が愛らしいお元気な従兄弟が、遊びに来ては何かと引っ張り回してくれだした頃からのことは、そこまでを寝てたものがいきなり目覚めたかのように、懐かしくも鮮やかな記憶があれこれと紡がれており。自分一人分だなんてケチなことは言わないということか、周囲の人々にも印象深い思い出をくれていた無邪気なお陽様が、今も変わらぬ屈託のなさで自分の隣りで微笑っているのが、

 「……。」

 うん、それって凄げぇことだよなと。そう思ったらしいこと示すよに、精悍なお顔が微妙にほわりと和らいで。……思い出し笑いですか、旦那。

 “うっせぇな。////////”

 家へ帰る途中なんだから こんくらい緩んだっていいだろがと。場外からの筆者の冷やかしなんぞへ、照れ隠し半分で咬みつきかかったご亭主が立っていたのは、夕方黄昏の間近い時間帯の、自宅マンションのある大通り沿いというご近所だ。今週でその六月も終わりだというのに、今日の日曜もまた、とんでもなく暑い一日だった。様々な販促イベント会場という外回りを担当した連中からの報告は、メールも電話も区別なく、皮切りから終しまいまで“暑い暑い”の連呼ばかりで。だがまあ、水辺や涼感を押し出したものが揃っていたせいか、客足は結構な数を稼げたらしく。上々の成果を遂げたという報告をもって、社での情報管制班の方も早上がりとなり。皆はそのままビアガーデンで祝杯だと盛り上がっていたのを、何とか振り切って一人だけ帰宅して来た…若いに似合わぬ愛妻家殿。すぐの傍らを、彼の腰ほどという背丈しかない小さな子供らがわっと駆け抜けていったのへ、元気なもんだと苦笑が洩れる。気の早いサンドレス、昔風にいや“ムームー”姿になっていた女の子が混ざっており。南国の小鳥みたいな鮮やかな赤や橙という配色が、周囲の新緑にいや映えていて鮮やかで。自分で引っ張り出せる年齢とも思えぬから、親が着せたには違いなかろうが、それにしたって早すぎないかと感じてのこと、ついつい おやと見とれてしまう。よほどに気の早い親御さんだったか、それとも子供がどうしても出してとせがんだか。

 “子供は平熱が高いので余計に暑いのかねぇ。”

 まま、あの格好が違和感ないくらいに暑い日ではあり、自分はそれが制服ながら、やはりあまりに暑くてととうに脱いでいたスーツの上着、腕へと抱え直して帰途を急ぐ。お家で待ってるはずの奥方も、どっちかといや暑いのが苦手。先程 乗換駅からの“帰るコール”をかけたところでは、朝と変わらぬ溌剌としたお元気そうな声でいたものの。そろそろこちらでも“暑い”の連呼が始まろう頃合いには違いないので、明日の振替休暇は焼き肉でも食べに連れ出すかなんてこと、既にすっかりと“オフ”モードとなっている頭で考えていたロロノアさんチのご亭主様。ハラミも良いけどやっぱカルビだよなと嬉しそうな奥方の笑顔を思い浮かべてのこと、胸の裡では十分に やに下がっていても、野性味あふれて精悍に引き締まったお顔の方は、ちっとも緩まぬ憎い人。額に手の甲をやったのも、汗をふいたんじゃあなく陽が眩しいかったからよと、そんな風に思わせてしまうよな壮健さをたたえた、いかにもな偉丈夫様であったのだが、

 「よお、ゾロ、早かったな。」
 「…なんてカッコしてるかな、お前はよ。」

 彼が住まわるマンションは、通り沿いの1階にミニコンビニを構えたその奥が、住居へのエントランスとなっており。その向背には、数棟の居住棟にて囲む格好のちょっとした中庭があって。今の時期はツツジやサツキの茂みが青々と、夏に向けての濃色を蓄えつつある…のだが。それらへ向けての水まきなのか、ホースを構えて立っていたのが、帰途のずっとをその脳裏にて思い浮かべていたところの、愛しい奥方ご本人。しかもしかも、

 「え? 何か変か?」

 言われてわざわざ見回したのは、タンクトップにジョギングパンツもどきな短パンという、警戒な、もとえ軽快ないで立ち。それだけならば…アルプス一万尺ほど譲って、まま問題はないと出来なくもないが、その上に添加されてたものがなおいけない。

 「何でまたそうまで濡れとるか。」

 相変わらずに子供のそれのような、どこか不器用そうな手で握られたホースの先には、シャワーノズルなのだろう、水まき用のオプションもちゃんともついてるっていうのに。水をまいてる本人が一番びしょ濡れというのはどういう罠か。そのお姿をみる直前までの、明日の計画へのワクワク気分を、ある意味一気に鎮火させてくださった威力の物凄さよ。よくよく見やれば、周囲には、どっかで見覚えのある子供らがきゃっきゃとはしゃぎつつ集まってもおり。すぐに気がつけなんだのは、ゾロが相変わらずにルフィ以外への関心が薄いからというよりも、こういった水遊びともなりゃ、子供はやかましいほど騒ぐものなはずが、さして甲高い声を上げる子もないままにいる坊ややお嬢ちゃんたちであったから。身を寄せあってのくすくすこそこそ、すぐの隣り合ってる子との内緒話どまりというお喋りをするのみだったのが、

 「ルフィせんせえ、喋ったからアウトだよ。」
 「え〜〜〜? こんくらいはセーフだろ。」
 「ダメだもんね♪」
 「ね〜♪」

 キャッキャという笑い声が、やっとのことというのも何だったが、少しだけトーンを上げたので。ああそうかとやっとゾロにも納得がいった。この子らは、ルフィが講師として顔を出してるPC教室の生徒さんたちで。授業のないときも顔を合わせりゃ遊んでやってる間柄。後で詳細を聞いたらば、管理人さんが水をまいていたのを見やり、そのお手伝いがしたいと言い出したらしく。とはいえ、いくら日曜の夕方だと言っても、マンションの足元なんていう場所柄で、大声上げて騒いでは間違いなくのご迷惑だからと。

 『うん。誰が最後まで静かにできるかっていうゲームにしたんだ。』

 アウトと判定された子は、そのまま審査員となるので。耳をそばだてての聞き入る必要があって、やはり騒ぎはしないまま。小学生の、それも低学年の子供が半分は居ようという顔触れだってのに。しかもしかも、この暑い中での水遊び、ついついはしゃいでしまうのが普通だろうに。

 『よ〜し。じゃあ、これからゲームな?』

 そんな風に持ってったらしいルフィの、子供らまとめるカリスマ性のすさまじさよ。もう水まきの方はとうに終わっていたらしく、

 「じゃあ、これで終しまいか?」

 あれれ? まだ頑張ってるのがいたから続いてたんだよなと、ルフィせんせいが回りを見回せば、

 「あうん♪」

 少し離れた茂みの方から、数人ほどの女の子らを従えて、小さなシェルティくんがたかたかと駆けて来ており。そんな彼のリードを預かったらしい一人が、楽しそうに声を上げた。

 「ルフィせんせい、風間くんがチョビに声かけてアウトなの。」
 「ありゃ、よく粘ったなぁ。」

 でも俺のが微妙に先にアウトんなったから、風間くんの勝ちだなと。ふわふかな毛並みを揺らしてやって来た小さなわんこの飼い主の坊やが、ホースを輪っかにまとめながらやって来たの、大きく手を振って迎えてあげて。

 「一等賞は風間くん。」

 明日の授業で、ご褒美のSDチップを進呈するぞと、それがお約束だったらしい賞品の発表もそこそこに。

 「さぁさ、みんなもお家へお帰り。」
 「ゾロ、後片付けは?」
 「俺が折り返して来てやっとくから。」

 そのままでは風邪を引くから、お前はまずは帰るのが先だと。おっかぶせるよなそのお言いようの強引さ以上に物を言ったのが。腕へと引っかけていた背広の上着を、びしょ濡れの奥方へと着せかけた行動の方。何ならそのまま抱えてもいいぞとしてしまいかねない性急さであり、

 「…判った。」

 それ以上は語らずのままだってのに、口答えなんて出来るものですかというほどの迫力へ。ううと口ごもった小さな先生の様子はまるで、滅多にないことながら、おいたをしちゃったチョビが風間くんから言い諭されてるときのようだったと。居合わせたお子さんがたが楽しそうに語ったそうだが、ままそれは後日のお話で。相変わらずに無邪気でお元気で、子供みたいにかわいいルフィ先生。お子様には人気者だが、ご亭主としては いろんな意味から油断も隙もないらしい…とまで、理解出来る子はまだいない。困った夏にならないように、きっちり言い聞かせにゃなあと、この暑さの中、ちょっぴり気持ちが引き締まった旦那様だったらしいのを。まだまだ明けぬか、梅雨の匂いのする湿った風が、ツバメを乗せて“待って待って”と追いかけるように吹き抜けた。







  おまけ


 言い諭した通り、奥方を自宅へ連れ帰ったそのままのとんぼ返りで階下まで降りて来て、ホースや何やの後片付けを居残っていた良い子の皆さんと共に手掛けた旦那様。少しでも濡れちゃった子は早く帰ってお風呂に入るのだよと、頼もしい口調にて呼びかけての…さて。

 「ゾロ、皆は?」
 「ああ。さようならって、いいご挨拶して帰ってったぞ。」

 熱いシャワーを浴びたらしい奥方が、裸足のまんまですと言わんばかりのペタペタという足音をさせながら、タオルをかぶって…先程までとあまり変わらぬ軽装でリビングへと姿を現したのへ、

 「もうもう、ああやって皆の前での子供扱いはやめてほしいよな。」

 ぷんぷくぷーと頬を丸ぁるく膨らます態の、何とも幼く稚いことか。そんなお顔をするうちは、子供扱いも已を得ないってもんだぞと、こちらも多少は水しぶきを浴びた服、てきぱきと着替えておいでのゾロへと。自分はミネラルウォーターを片手に、よく冷えた缶ビールをほれと差し出すところはさすがに慣れたもの。
「ああ、すまんな。」
 プルトップを引いて、最初の一口をごくんと堪能したものの、そんなやっとの寛ぎも、向かいのソファーへと運びかかった奥方の頭を見ると一旦停止。まだ濡れてるぞと、タオルごと捕まえてのごしごしと、髪を拭って差し上げる行き届きようであり。

 「はにゃ〜♪」

 大きな手でのわしわし・ごしごしは心地が良いものか。口元尖らせていた不服顔もどこへやら、やっとのことでこちら様もご機嫌が直ったらしき奥方だったが、

 「少しくらい濡れたって平気なのによ。」

 今日もどんだけ暑かったか、会社に居続けだったゾロには判らないかったんじゃね?なんて。人の気も知らないで、通り一遍なことを言い出す。直接のラッパ飲みという飲み方をしていたペットボトルからお顔を上げて見せるお顔は、やはり…幼くて愛らしいばかりであり。

 「…あのな。」

 確かに風邪を心配しもしたが、問題はそこではない。どんな水まきだったかは知らないし、他の子らはあんまり濡れてはなかったけれど、その分まで引き受けたとでもいうことか、彼一人がやたらとあちこちから滴を滴らせていたのが、いかにも目の毒だったのであり。

 「風邪も勿論心配だが、見た目のことも言ってるんだ。」

 髪はしっとり湿ってたくらい、衣服にしても直接かかってのずぶ濡れ…とまでは行かない程度という状態ではあったれど。薄着でいたその下の、薄い肩やら鎖骨から、かいがら骨から、腰の線まであっさりと透けていてはねぇ。西日に満ちてた中庭に立ってたその姿は、ともすりゃ…南の楽園へようこそといざなう、どこぞかの空港や旅行社のキャンペーンCFも負けそうなほどに魅惑的な一景でもあって。

 「濡れたせいで、体の線がくっきり出てたんだぞ?」

 あれじゃあ裸と同んなじで、そんなカッコで海辺や銭湯なんかじゃあない、人目のある街中にいるってのは変だろが…と。何とか頑張って、言葉を選んでのお説教を浴びせれば。無邪気な奥方、多少は納得する部分もあったのか、むむうとしつつも憤慨の方は収まった模様であり。

 「ゾロもサンジと同じこと言うんだもんな。」
 「あ?」
 「俺は女じゃねってのによ、そういうカッコは俺ん前でだけにしとけって。」

 日頃は子供扱いしといてさ、都合によってはそうやって、いい大人はそんなことしないって説教すんだもの。そうと続けて、ソファーの座面へと引き上げた両方の足、不服そうに抱え込みかけた彼だったけれど。

 「……………なんだと?」
 「え?」

 おややぁ? 何でそこで、ゾロの方まで機嫌が悪くなってんだ?…と。それをありあり感じさせるよな、低いお声が立ったものだから。不機嫌さのレベルで負けたか、それまでは持続していたはずの、奥方の側の可愛らしいご不満も、ふしゅんと一気に雲散霧消したほどで。

 「だからさ、二人であちこち旅してた頃なんかにも、
  そういう言い回しでよく叱られたなって。」
 「奴が、ああいう濡れネズミなカッコは奴の前でだけにしとけって言ったんか。」
 「お、おお…。」

 確かそうだったような…って、あれ?
「ゾロどこ行くんだ? そろそろ晩飯の支度を始めるぞ?」
 パソコンか? まだ仕事があったんか? まったく、ゾロは本当に仕事人間なんだからな…と。ゆらりと立ち上がったそのまま、玄関前の予備室こと、PCのお部屋へ向かった大きな背中を見送ると、こちらもさてとと立ち上がる。今日はタコとキュウリとトマトのさっぱりサラダに、焼きなすとそれから、鰹の生ぶしを甘辛あめ煮風にじっくりと煮込んだ柔らか煮。そしてメインは牛のフィレをさっと炙った御馳走で。早く食べたい、でも丁寧に〜♪なんてな デタラメの歌を歌いつつ、こちらさんはそのままキッチンへと向かったルフィだったが。

 “あれ? 俺がいないところで そういうけしからん格好はするなだったかな?”

 先程の言い回し、微妙に違ったようなと。ふと気がついて、お廊下に出たところで立ち止まったものの。小さな顎に指先あてて、う〜んと唸ってみたのも ほんのひととき。キッチンへの進軍を再開しつつ、うんうんと頷いた彼が出した結論はといえば。

 “ま、似たようなもんだ。”

  全然違います。
(苦笑)





  〜どさくさ・どっとはらい〜 09.06.30.


  *ゾロさん、サンジさんへ呪いを込めたメールでも送るのかしらね。(笑)
   ただ、向こうとは時差があるので、
   未明に電話攻撃なんてな仕返しされないよう、せいぜい気をつけてね?
   (そんな可愛いもんで済めばまだマシです。)

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